新渡戸記念館について

太素の森の境内にある新渡戸記念館。三本木原開拓の資料をはじめ、五千円札の肖像・新渡戸稲造博士の遺品、新渡戸氏に代々伝わる武具甲冑、その他の資料を展示している。この新渡戸記念館の歴史や運営母体の太素顕彰会の成り立ちなどを解説する。

 

私設・新渡戸文庫の設立

私設・新渡戸文庫は大正14年、新渡戸稲造博士より蔵書の一部約7千冊を三本木地域の文化向上のために寄贈を受け、稲造博士の尽力と、傳翁の孫にあたる新渡戸訓、その兄・太田常利(太田家へ養子)の協力により、博士の祖父・傳の墓所の太素塚地内に私設図書館として設立された。この時稲造博士は文庫の設立理念として「博覧啓蒙」(はくらんけいもう)の書をしたためている。文庫一階には稲造博士の読まれた、農学、法律、政治、経済、産業、文学等広範囲にわたる専門書籍及び父祖伝来の古書が保管され、二階には新渡戸家に代々伝わる武具と共に、三本木原開拓の貴重な開拓日誌など多数の文献並びに開拓測量器具などが置かれた。

稲造博士の蔵書などの貴重な資料が保管されているため、高松宮殿下、三笠宮殿下をはじめとして、佐藤春夫氏、稲造博士の教え子である南原繁氏、田中耕太郎氏などが閲覧におとずれている。

新渡戸文庫から十和田市立新渡戸記念館へ

私設・新渡戸文庫設立の主目的は、稲造博士や三本木原開拓に関する資料の「保管」であったが、その後、より一層三本木原開拓の偉業を顕彰し後世に伝えるため、新渡戸文庫を取り壊し、十和田市が新渡戸家の協力により太素塚境内に新たに建設、昭和40年3月「十和田市立新渡戸記念館」として開館した。十和田市立新渡戸記念館は、新渡戸傳翁を始め、嫡子・十次郎、嫡孫・七郎の三代にわたる三本木原開拓と十次郎の三男であり、国際親善に大きな足跡を残した新渡戸稲造博士の業績を、それらの関係資料の調査、収集、保存、展示を通して顕彰していく事を目的としている。

 

  ・設 計 者/東大教授 生田勉 氏
  ・施 工/新建設工業(株)
  ・総 工 費/約1000万円
  ・構 造/鉄筋コンクリート造
  ・建設面積/1階 258.26u  2階 106.03u  (計 364.29u)
  ・工 期/ 昭和39年8月着工
  ・昭和40年3月竣工−
   (平成3年一部増築)


十和田市立新渡戸記念館の運営母体

太素顕彰会とは
太素顕彰会のはじまりは太素・新渡戸傳の没後明治時代につくられた「太素講」にある。講長は町長、市長など歴代首長が務め、新渡戸傳と十次郎の偉業の顕彰を目的として、太素祭の主催を中心に活動していた。しかし、その後大正14年に私設・新渡戸文庫が建設されると、文庫内に納められた新渡戸稲造博士の遺品などの保存も規約に加えられ、昭和39年の新渡戸記念館建設を機会に現在の「太素顕彰会」と名称をあらため、太素塚と記念館の管理、運営を行うようになった。さらに平成18年度からは太素顕彰会が市の指定管理者として記念館の管理運営を行うことになり、平成19年度には市商工会議所会頭を会長とする新体制へ移行した。